ワシントンDC発 – Drugs for Neglected Diseases initiative (DNDi ) (以下「DNDi 」) がボリビアで実施した初の第2相臨床試験の結果、開発中のシャーガス病治療薬E1224はシャーガス病原虫を消失させる有効性と安全性が確認されましたが、単剤として投与した一年後の継続的な治療効果は極めて限られることが示されました。他方、シャーガス病の標準治療薬であるベンズニダゾールは長期的に有効であるものの、依然として副作用の懸念があることが示されました。本日行われたアメリカ熱帯医学会 (ASTMH) 年次総会の発表では、患者の治療を向上させるため併用療法の可能性を探る必要性が強調されました。
シャーガス病感染者で治療を受けている人々は全体の1%未満にすぎません。今回得られた新たな知見は長年シャーガス病に関して欠けていた知識を補い、公衆衛生政策の周知と治療アクセスの向上を促すエビデンスを示すとともに、シャーガス病の新たな治療法に対する今後の研究の方向性を定めるものです。
E1224は日本の製薬会社であるエーザイが創製し、製造する抗真菌剤であり、ウェルカム・トラストの協力を得てシャーガス病治療薬として開発が進められています。今回実施された第二相無作為化二重盲検比較試験は3種類の投与方式でE1224の安全性と有効性を検証し、現行の治療薬であるベンズニダゾールの包括的な臨床データを収集する初の試験となりました。E1224とベンズニダゾールはプラセボ対照で比較されています。
慢性の無症候期 (症状が出現しない) にある成人シャーガス病感染者231名を対象に最長60日間の治療を実施し、治療完了時及び12カ月のフォローアップ期間中に複数回評価を行いました。試験は世界で最もシャーガス病発生率が高いボリビア国内の2地域コチャバンバとタリハで実施されました。
治療完了時 (投与開始2カ月後) には、E1224とベンズニダゾールの体内の原虫を消失させる明確な有効性がプラセボとの比較により示されました。 E1224は良好な安全性を示し、最大量を服用したグループにおいても副作用により治療を中断しなければならなかったケースはほとんどなく、ベンズニダゾール群における中断数を下回りました。しかしながらフォローアップ期 (投与開始12カ月後) では、E1224投与群で原虫が確認されなかった症例数は高用量投与群においても3分の1未満であり、ベンズニダゾール投与群では80%以上で原虫が確認さなかったことと比較して、E1224における原虫消失率が比較的持続しにくいことが示されました。
「今回のプラセボ対照試験 (prospective) で治療薬2剤の安全性と有効性に関する明確なデータが得られました。その結果双方異なる優位性が示され、長い間看過されてきたシャーガス病の治療薬研究を今後進める上で役立つ、非常に有意義な科学的エビデンスとなりました」と、DNDi のシャーガス病臨床プログラム責任者であり、E1224プロジェクト・リーダーのイザベラ・リベイロ博士は述べています。
E1224は単独投与の治療薬 (単剤療法) としては効果の持続が不十分であることが示されましたが、投与期間中高い活性が認められ、また高用量投与群の3分の1弱では治療効果が持続したため、DNDi とエーザイは今後E1224とベンズニダゾールとの併用療法の可能性を検討していくことにしています。
「エーザイは今後も顧みられない熱帯病の制圧に向けた取り組みを継続し、慢性無症候期の治療におけるE1224の役割を定め、シャーガス病患者に新しい効果的な治療法を提示できるよう、DNDi と連携して研究を継続していきます」と、エーザイ・インクのチーフ・イノベーション・オフィサー・グループのシニアディレクターでE1224プロジェクト・リーダーのフレデリック・P・ダンカンソン博士は述べています。
本試験ではE1224の評価のほか、ベンズニダゾールによる慢性無症候期の成人におけるシャーガス原虫 (クルーズトリパノソーマ) を駆虫させる効果が初めてプラセボを対照として評価されました。ベンズニダゾールは治療開始後1週間で原虫数を優位に減少させ即効性と持続的な効果を示しました。有害事象としては悪心、皮膚反応、筋肉痛、神経痛などが一部の患者に認められました。ベンズニダゾールによる治療は通常60日間服用が必要であり、副作用が多くみられるため、服用期間を短縮することにより効果を維持しつつ安全性を高められる可能性があります。DNDi はこれらの知見をもとに、ベンズニダゾールの服用期間の短縮を検討していく予定です。
今回実施された試験は、人材や設備が限られた途上国の現場での研究能力の強化、維持を実証するボリビアで初めての第二相臨床試験となりました。231名の被験者中、治療終了後12カ月のフォローアップ期間の脱落者はわずか7名、被験者のフォローアップ完了率は97%に達しました。シャーガス病患者に関する薬物動態学および薬力学、治療前後の寄生原虫の特性評価、治療への反応を評価するバイオマーカー候補など貴重なデータを得ることができました。
研究責任者であるコチャバンバの国立サン・シモン大学のファウスティーノ・トリコ博士は「今回の臨床試験の完了は、シャーガス病が流行する国で優れた臨床試験が実施可能であることを立証し、ボリビアのシャーガス病患者や医師、研究者に朗報をもたらすものでした。質の高いデータが生み出され、臨床現場と研究チームは貴重な経験を得ることができ、今後研究を実施していく体制が整いました」と述べています。
「シャーガス病は世界で最も顧みられない疾病の一つであり、多くの患者が今も見過ごされ、治療の機会や選択肢がないため亡くなっています。我々は今回の貴重な研究結果をもとに、治療の機会を拡大し、同時に、世界中のシャーガス病に感染している人々の命を救うため、より安全で効果の高い新薬開発に向けた流れをこれからも維持していかなければなりません」と、DNDi のエグゼクティブ・ディレクターであるベルナール・ペクール博士は述べています。
- 治療完了時におけるPCR判定によるシャーガス原虫消失率はE1224:79~91%、ベンズニダゾール:91%、プラセボ:26%
- 治療完了12カ月後、E1224投与群での原虫消失率は8~31%であったのに対し、ベンズニダゾール投与群では81%、プラセボは8.5%であった
主な知見
本試験結果の発表
臨床試験結果はアメリカ熱帯医学会年次総会のDNDi 主催シンポジウム「シャーガス病:研究開発における最近の進歩」で、コチャバンバの国立サン・シモン大学のファウスティーノ・トリコ博士の口頭発表 「E1224—慢性無症候期シャーガス病患者を対象にした前期第II相臨床試験Proof-of-conceptの結果」において報告されました (No.53、2013年11月14日、午後4時から5時45分)。当シンポジウムで発表されたその他の試験報告は、「小児及び成人のシャーガス病患者に おけるベンズニダゾールの母集団薬物動態」(Jaime Altcheh、Hospital de Niños Ricardo Gutierrez、ブエノスアイレス、アルゼンチン)、「TRAENA –プラセボ比較による慢性シャーガス病成人患者における長期的な疾患進行に及ぼすベンズニダゾール投与の影響の評価」(Adelina Riarte、Instituto Nacional de Parasitología “Dr. Mario Fatala Chaben”、ブエノスアイレス、アルゼンチン)、及び「シャーガス病における治療反応の生物学的マーカーの進歩」(Maria Jesus Pinazo、CRESIB – Barcelona Centre for International Health Research、バルセロナ、スペイン;Alejandro Schijman、CONICET-INGEBI、ブエノスアイレス、アルゼンチン) でした。
シャーガス病について
アメリカ大陸において致死的な主要寄生虫病であるシャーガス病 (アメリカトリパノソーマ症) は、800万人が感染していると推定されます。ラテンアメリカを中心とした21ヵ国で蔓延しており、毎年約12,000人が死亡しています。感染者の多くは非常に貧困であり、不適切な住居環境で生活しており、医療へのアクセスがほとんどありません。シャーガス病の症例は、北米、欧州、日本、及びオーストラリアで徐々に認められるようになってきています。寄生虫のTrypanosoma cruziによって引き起こされるシャーガス病は、早期急性期 (期間は様々である) に始まり、後期慢性期に移行し生涯持続します。慢性期には生死に関わる心臓障害をおこす患者が30%に上り、10%に上る患者では重度の消化管障害がみられます。シャーガス病は、主に「kissing bug」と呼ばれる吸血サシガメが媒介しておこる感染症で、サシガメの糞中にあるトリパノソーマ原虫によって引き起こされますが、輸血、臓器移植、経口摂取によっても感染し、妊娠中に母親から胎児にも感染することがあります。これらによって年間14,000例の新しい症例が生じると推定されています。現行の治療は、長期にわたる治療及び副作用のために実施するのが困難です。DNDi は安全で効果が高く安価なシャーガス病の新規治療薬や治療法の開発に取り組んでいます。
DNDi について
Drugs for Neglected Diseases initiative (DNDi ) は非営利研究開発組織で、アフリカ睡眠病 (ヒトアフリカトリパノソーマ症)、シャーガス病、リーシュマニア症、蠕虫 (フィラリア) 感染症、及び小児 HIV/AIDSなど、最も顧みられない病気のための新しい治療薬の開発に取り組んでいます。2003年の設立以来、マラリア治療のための2種類の合剤 (ASAQ及びASMQ)、後期アフリカ睡眠病のためのニフルチモックスとエフロルニチンの併用療法 (NECT)、アフリカにおける内臓リーシュマニア症のためのスチボグルコン酸ナトリウムとパロモマイシン (SSG&PM) の併用療法、アジアにおける内臓リーシュマニア症のための一連の併用療法、 及びシャーガス病のためのベンズニダゾールの小児用製剤という6種類の新しい治療薬や治療法を提供してきました。当団体は、国境なき医師団 (MSF)、インド医科学評議会、ケニア中央医学研究所、ブラジルのオズワルドクルス財団、マレーシア保健省、及びフランスのパスツール研究所により設立され、 UNICEF/UNDP/世界銀行/WHO熱帯病研究訓練特別計画 (TDR) が常在オブザーバーを務めています。www.dndi.org
エーザイについて
エーザイグループは、研究開発型のグローバル製薬企業として、エーザイの企業理念であるhhc理念に基づき、世界各国において、医薬品の研究開発、製造および販売を行っています。(www.eisai.co.jp). エーザイは、新興国や開発途上国に事業が拡大される大グローバリゼーション時代において、NTDsを含む医薬品アクセス問題に対する方針を定め、積極的に取組んでいます。これらの国々の健康福祉の向上により、経済の発展や中間所得者層の拡大に寄与することは、将来の市場形成への長期的な投資であると考えており、NTDsを含む感染症に対する医薬品アクセス問題に継続的に取り組んでいます。 過去最大となる国際官民パートナーシップを構築し、2020年までにNTD10疾患を制圧することを目的としたロンドン宣言にも署名しました。
ウェルカム財団について
ウェルカム財団は人と動物の健康改善の向上を推進している国際慈善団体です。生物医学研究および医薬品研究を助成しており、健康改善を図るための研究助成及び教育、人々の参画を支援しています。当財団は政治的、商業的に独立した団体です。
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